荒木田岳さんの陳述書

Arakida Takeru's Statement at the Fukushima District Court at Oct. 18th. 2017 (in Japanese) -

陳述書

2017(平成29)年1018

 

福島地方裁判所 民事部 御中

 

 

 原告の荒木田岳です。私は、政府や福島県が、事故前に定められていた原発事故対応の手続を守らなかったゆえに、避けることができたはずの被ばくを住民とりわけ子どもたちに強要した点を中心に陳述します。

 

 原発事故の責任には、大きく分けて「事故を発生させてしまった責任」と「避けることのできた被ばくを避けさせなかった責任」の2つがあります。

 

 前者については、今年3月の前橋地裁判決でも、今年9月の千葉地裁判決でも、先週の福島地裁判決でも、津波到来は予見できたし、対策も可能であったため、事故を防ぐことは可能であったと結論されているとおりです。

 

 私自身は、後者の責任(避けられた被ばくを避けさせなかった責任)が重大であると考えています。

 まず、原発事故が発生した際、どのように対応しなければならないかということは、細かいところまで立ち入ってその手順が定められていました。これは、「原子力防災」と呼ばれていますが、その目的は、住民をいかにして被ばくから守るかということでした(松野元『原子力防災』〔創英社、2007年〕)。

 たとえば、「緊急時環境放射線モニタリング指針」(以下、指針と略記)では、実測と予測の2方向で、放射線拡散をモニタリングするよう取り決めていました。実測の際には、計測する場所も、使用する機器も、計測方法まで細かく指示されており、携行品について、乾電池一本、鉛筆一本まで取り決められていたのです。予測の際も、放出源情報がない場合も含め、拡散予測の方法が細かく決められ、その方法に従ってモニタリングすることとされていましたし、予測結果を送りつける先もあらかじめ決まっていました。

 

 現場では、実測も、予測も粛々と行われていたし、そのデータの示すところに従えば、福島県民にとどまらず、関東や東北地方の広い地域で避難が行われなければならなかったはずです。一号機建屋が吹き飛ぶ前に、すでに広い範囲で132テルルが検出されていました。すなわち、自然界に存在せず、半減期3日、沸点1,400のものが、2011年3月12日の朝には大熊町・浪江町で、昼過ぎには福島第一原子力発電所から20㎞以上離れた南相馬市で福島県原子力センターによって検出されていたのです。このデータが示すのは、メルトダウンの蓋然性であり、住民被ばくの可能性でした。

 

 しかし、福島県はこのデータを隠蔽し、住民の避難に活かすことはありませんでした。このデータが、原子力安全・保安院を通じて公表されたのは2011年6月3日のことです。

 

 SPEEDIを統括していた原子力安全技術センター(当時)が、装置を緊急モードに切り替えて1時間ごとの拡散予測データを、事前に指針で定められていた部署に送付しはじめたのは、地震発生から2時間足らずの3月11日午後4時40分のことです。しかし、政府も福島県も一連のデータを住民には公表せず、住民の避難に活かすことはありませんでした。これらのデータが一部公開されたのは2011323日で、全面的公開は同年5月になってからでした。

 

 福島県は、3月13日午前10時半過ぎにFAXで県庁に送られたSPEEDIの拡散予測データについて、非公表の口実として放出源情報を挙げています(『福島民報新聞』201157日付)。しかし、指針は、放出源情報がない場合も想定した上で、その際の試算方法も明示しています。また、福島県は電子メールで届けられたSPEEDIの拡散予測データについて、「気がつかず」「消去した」という説明をしています(『福島民友新聞』、『東京新聞』、ともに2012年3月22日付)。しかし、メールによる情報提供を要求したのは福島県原子力センター自身であり、意図的な証拠隠滅としか考えられません。

 

こうして、「住民をいかに被ばくから守るか」という、原子力防災の目的はないがしろにされ、住民は情報の隠蔽ゆえに被ばくを避けることができなかったのです。放射性物質の降り注ぐ中、一人10リットルあてで配給された水を求めて多くの市民が、赤ん坊まで連れて屋外で長い列を作っていました。危険を知らされていれば、こういう事態は避けられたのではないでしょうか。そうすれば、将来への懸念も減らすことができたはずです。

 

 そればかりか、その後に始まった行政による「安全宣伝」は、原子力防災がないがしろにされたこと自体を隠蔽し、正当化するものでした。放射線被ばくの危険性は過小評価され、現実に出現し始めている健康影響(たとえば、小児甲状腺癌)も過小評価された被曝量を根拠に「被ばくの影響とは考えにくい」と結論づけています。

 

もっとも、福島県が放射線被ばくを本気で「安全」と考えていたわけでないことは、福島県立医大の職員(40歳未満)が安定ヨウ素剤を服用していたことからして明らかでしょう。住民には放射線被ばくを強要し(たとえば、自主的に配布した三春町には県が回収を指示しています)、身内には安定ヨウ素剤を服用させるというダブルスタンダードが許されてよいはずはありません。

 

 総じて、住民に不必要な放射線被ばくを強いたという論点について、被ばくの予見可能性はありました。それゆえ、原子力防災という形で、いろいろな分野において(今回は、時間の都合でモニタリングの話だけを例示)、原子力災害が発生した際の対応手順(被ばくを避けるための手順)が細かく決められていました。しかも、それらの手順に従って、現場では粛々とモニタリングが実施されていました。そのモニタリング結果に基づき、ルールに従って適切に対応すれば、住民の被ばくの大部分は回避することができたのです(3月12日実測値に基づき、SPEEDIの拡散予測を利用して回避策がとられれば住民の被ばくの大部分が回避可能でした。

 

 にもかかわらず、政府や福島県は、それら事前に定められた手続きに従わず、実測データ・予測データの双方を隠蔽した上に、住民を積極的に現地に引き留めるなど、「故意」に原子力防災の目的とは正反対の行動をとりました。さらに、証拠隠滅や、自身の行為を正当化するための安全宣伝まで行っています。その結果、子どもたちに余計な被ばくをさせ、将来の健康不安につながっています。

こうしたことが、原発事故後6年半にわたって続けられてきたし、現在も続いているのは異常だといわざるをえません。こうした異常が、今日、立憲主義や法の支配を危機に陥れているものの正体ではないかと私は考えます。

 

 上記の連鎖を断ち切り、法や手続きに従った行政が回復されることを願ってやみません。そのための適切な判断を、裁判所には切に願うものです。

以上

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